SSその1:箪笥の顛末

SSっぽいものを書いてみたところ、独自設定が前面に押し出された感じになってしまい工房街には上げづらくなったのでした。

空間を高次次元方向に折畳むとかなんとか(仮題)

 昔から世話になっていた婆様に熱心に乞われ、とうとう断り切れなかった。
 何の話かって? おれが古箪笥を背負ってはるばるパッフェルベルまで向かう羽目になった顛末のことだ。

 つい先日まで、おれは様々な事情により郷里へと引っ込んでいたのだが、まあその件の詳細は別の機会に譲るとして、今は箪笥の話だ。
 ともかく、穀潰しもいい加減板についたおれはその日も実家の屋根裏(物置になっていたのを適当に片付けてねぐらにしていた)でくつろいでいた。すると、階下より来襲した母から尻を蹴飛ばされ、曰く来客の相手をしろという。最初の数カ月こそ遠来から帰省した息子を歓迎していた家の者達だったが、滞在期間が年を過ぎた辺りからは、だいぶん雑な扱いになっている。
 まあ、三軒隣の家の婆様と言えばおれも小さな頃から何かと目をかけてもらっていたので茶飲み話に付き合うくらいはなんてことない。
 何しろ田舎なので、出稼ぎ組もそれなりに居るのだが、そういった連中が若い内にいっときであれ帰ってくるのはけっこう珍しいのだ。外の世界の事柄ならば世間話の種くらいにはなるだろうと判断されたらしい。おれ自身としてもそこの所に異論はない。

 そんな訳で母が手ずから煎じた苦豆茶と乾き菓子の乗った盆を持たされて居間におもむいてみれば、既に婆様は板間の坐蒲の上にちんまり座り込んでいた。向かい側に座って早々、やれ大きくなっただの、都の暮らしはどうだだの、ひと通りの世間話が始まった。……始まったのだが、おれが都で(※この辺の人間、特に年寄りは都市部をまとめて“都”と呼び表す)錬金術師をやっていると聞かされた辺りから話がにわかに妙な雲行きになる。
 婆様がおもむろに立ち上がって一言「付いて来んしゃ」とだけ残してさっさと戸口から出ていってしまう。仕方が無いので後を追うと、既に婆様は自らの家へ向かってかくしゃくとした足取りで遠ざかっていくところであった。なにせ集落とは名ばかりの広大な平野部に人家が点在するような場所なので、三軒隣の婆様の家ははっきり視認はできてもいざ向かうとなると結構な距離を歩くことになる。

 それでも歩き続ければいつかは目的地へと到着するもので、婆様の家(この地域でよく見る高床式建築だ)は既に目と鼻の先だ……が、しかし。婆様はそのまま戸口を素通りして敷地の隅っこへと向かっていく。小さい頃、大人の目を盗んでは潜り込んでいた場所だからすぐ見当が付いた。あの辺はここらでも珍しい、雑木林が茂っている場所だ。

 だだっ広い平地に家を建てておきながら、防風林を植えるという発想が全く見られないことからもわかる通り、この地域では背の高い植物が育ちづらい。どうやら土壌と気候が関係しているそうなのだが、しばしば例外も存在する。婆様の雑木林もその一つだ。
 そして、それらのイレギュラーな事象にはしばしば魔法、魔術のたぐいが絡んでいるのは皆さんご存知のとおりだ。

 果たして立ち並ぶ樹木を縫ってたどり着いた中心部には、そこに存在するにははなはだ不自然な代物が鎮座ましましていた。
 箪笥だ。
 渋を塗った木板を金属帯で補強した、いかにも古めかしく無骨な様式のものである。これが婆様の家の土間に置いてあるなら何のおかしいこともないのだが、再度言うがここは林の中で、目の前には箪笥が、下草に埋まるようにして剥き出しの地面に直接乗っかってるのだった。

 予想していたようなおどろおどろしいトーテムの類ならいざ知らず、なまじ珍しくもない家具が出現した事で状況の訳のわからなさに拍車がかかった。半ば呆然としたまま傍らの婆様へ声をかける。
「な、ばんちゃんよ」
「なんだいねシンちゃん」ちなみにシンちゃんとはおれのファーストネームである。
「これ、箪笥がい?」
「んまー、箪笥以外のもんに見えっかね! おんつぁんの持ちモンよぉ」
 それを聞いて多少は納得した。なにしろ婆様の伯父は呪い師をやっていたと聞く。こちらで言うところのシャーマンと医者を兼任したような役回りなのだが、扱う業の多くは秘術とされている為、部外者からすると何かと謎の多い役職である。
 正直なところ彼らの奇橋な言動の数々が、技術漏洩を恐れての隠蔽工作なのか本人の性の問題なのかがまるで区別がつかないため、十把一からげに変人として扱われている感がある。
 居なくなられると困る役回りなのは確かだが、だからといって尊敬の対象になっているかというと実に微妙なラインである。

 ともあれ調べてみないことには何も始まらない。
 まずは触れずに見た目を仔細に観察してみるが、別段妙な点は見当たらない。それでは、という事で動かそうと試みれば、以外なことにすんなりと持ち上がった。

「あれま、動かせっちゃ」
「それがよ、縦には持ち上がっけど横に動かねえのよー」
 その通りだった。上下方向にであれば重さすら感じず軽々と動かせる。ところがいざその場から退かそうとするとこれがびくともしない。横方向にかかる力を端から受け付けないかのようだ。
 訝しんで持ち上げた箪笥の下に潜って底板を眺めても何もない。で、ふと魔力を感じて足元に目を落としてみれば、果たして箪笥の四隅と丁度同じ位置関係に白い石が埋まっていた。
 いかなる原理かは不明だが、この石と箪笥の間になんらかの力場が発生していると見てよさそうだ。物質同士が融合している訳ではない。
 これは結構重要な点である。
 なぜなら石と箪笥がそれぞれが独立した機構であれば、箪笥に悪影響を及ぼす事なく石だけを取り除くことができるかもしれないからだ。

 物質を格、質、加工度合い、魔力量の4項目の観点で解析、鑑定する方法は錬金術の基礎の基礎であるが、この丸石に関して解ることと言ったら恐ろしい手数によって生成されている(都式に言えば『加工値がものすごく高い』)こと程度だ。いかに構成式や魔力の流れを確認した所で、名も知らない素材の分類名なぞ言語化不能である。が、しかしこのテの錬金生成物を灰にするのに一番手っ取り早い方法ならこのおれにも解る。
 細かい原理はいまいち判らんが、錬金術と似たような原理で作られたものであれば錬金術のセオリー通りに灰になってくれる公算は高い。要は、道具も無しに適当なブツとの合成を試みれば勝手に消滅してくれる事だろう。

「いげそうがい?」
「あー、多分大丈夫。こういうのは得意だから任しといて」

 調合失敗による爆破が得意、というのも甚だ不名誉な話であるが、まあ概ね事実なので仕方がない。

*  *  *

「うー……」
「無茶なことしますねえ、あなたも」

 板間の敷布の上に転がされて呻いているのがおれだ。枕元に腰掛けておざなりに扇いでくれているのがゾーイさん。──えー、なんて言えばいいのか、遡ること数代前の祖先のはずなんだが何故かまだ生きてる上に工房に居候しているような、まあそういう人物だ。ちなみに女性だ。が、倫理的にアレな間違いが起こりようがない域で人間味というものが見受けられない。今のセリフだって絶妙に抑揚がない。
 何を隠そう彼女こそが集落における初代の呪い師である。後に引き継いでいく者どもがことごとくどっかおかしい理由も彼女が握っているのでは、とおれは睨んでいる。

「流石に四連チャンは無理があったっすね」
腐っても年長者なので一応敬語を使うよう心がけている。
「そらそうですよ。休憩挟めば良かったじゃないですか」
「そうも思ったんすけど、段々日が暮れてるし婆様は一緒だし」
「慌てる乞食はもらいが少ないってご存じない?」
「知ってますがこの場合ちょっと意味がズレませんか?」
「失礼。バグりました」
 ……こちらにはわからぬ言い回しで煙に巻くのはやめて欲しい。

「ともあれ、慌てたあなたにもちゃんと施してくださる様ですよ」
 額に乗せられていた濡れ手ぬぐいを外して身を起こしたおれの顔を見て、よかったですね、と無表情のまま続けた。
 訳がわからないままに、何をですかと聞いてみたら無言で一方向を指さす。そちらを見やれば板間から掘り下げた土間の隅に、例の箪笥が鎮座ましましていた。

「え、何で」
「自分には必要ないものなので、若い人に有効に使って欲しいそうです」
「うええー……」
 気持ちは嬉しいが、なにせ相当なボロなのだ。道具類はおろか雑巾ですらしまい込むのには気が引ける。
「学院都市に持ち帰ってから修理してもらえばいいんですよ。ほらあの、カッコンとか仰る大工業者が」
「カーターさん、です。いい加減人の名前くらい覚えましょうよ」
「嫌ですよ面倒くさい」
ひでえこと言いやがる。
「それにこれ、結構いいものですよ。しかるべき腕前の人物が修繕すれば恐らく──」
 続く言葉を耳打ちされた後には、おれもすっかり気が変わっていた。なるほどお駄賃としては悪くない。
「でもその為には持ち帰らないといけないんですよね、コレ」
 なにしろ家具であるからして、重さはまだしもかなりかさばる。
「縄をかけて背負うしか無いでしょうね」
「えー……、はい、そうなるっすね」
 婆様がこのおれに、と名指しでくれた品物である以上、おれの手で運ぶのが筋というものだろう。
 しかしかさばる荷物な上に、これを背負った姿はお世辞にも格好良いものにはならない。パッフェルベルに近づくに連れて、より奇異に思われることも請け合いだ。
 確かに嬉しい贈り物ではあったが、道中の苦労を思うと知らずため息が漏れるのだった。

 どっとはらい

設備データ 〈折畳n+1次元〉設備(7)/6/20/0/無/倉庫系。古箪笥